文部科学省 科学研究費補助金

はじめに

  新学術領域
「細胞死を起点とした生体制御ネットワークの解明」発足にあたって

 

face_ma_tanaka 領域代表  東京薬科大学 生命科学部  田中正人

 

 生体の恒常性維持には、細胞の増殖や分化だけでなく細胞の死が重要な役割を担っています。この生命活動にとって必須な細胞死は、単に受動的に起こるものではなく、細胞に内在する精緻な分子機構により実行されるものであり、プログラム細胞死と呼ばれています。これまでの研究から、発生や新陳代謝に伴っておこるプログラム細胞死の多くは、アポトーシスにより起こることが明らかになっています。
アポトーシスは主に形態学的な解析から1970年代前半よりその存在が知られていましたが、1980年代後半よりその分子機構の解明が急速に進みました。この分子機構の解明には日本の研究者が多大な貢献をしています。例えば、アポトーシス誘導因子とその受容体であるFasリガンド/Fasの同定、アポトーシス実行因子であるカスパーゼの発見、さらにアポトーシスの細胞内シグナル制御因子であるBcl-2ファミリーの同定等のエポックメーキングな発見は、すべて日本の研究者が中心となって成されたものです。このように、アポトーシス研究はまさに“日本発”の研究であり、日本が常に知の最先端を情報発信してきたといっても過言ではありません。
一方で、アポトーシスの分子機構の全容がほぼ解明された現在においても、細胞死の包括的な理解とその医学への応用は道半ばと言わざるを得ません。例えば、ある組織の同一の細胞に細胞死が起こった場合であっても、ある状況では速やかな修復•再生がみられるのに対し、異なる状況では線維化が起きてしまう理由を誰も明確に答えることができません。また、治療としてがん細胞に細胞死の誘導を試みる場合でも、免疫学的観点や再生の観点からみて、どのような細胞死様式を誘導することが最も効果的か、という問題も解決していません。これらの課題の解決には、単に細胞死の実行機構を解明するだけでは十分でなく、死にゆく細胞とそれに応答する周囲の生細胞という新たな視点で生命現象を解析する必要があるものと考えます。
このような背景のもと、本研究領域は細胞死の本質的な理解とその応用を目指して結成されました。本研究領域では特に、①死にゆく細胞が周囲の細胞に発信するメッセージ-ダイイングコード-の同定とその働きの解明、②最近明らかになってきたアポトーシス以外の様々な細胞死様式の意義の解明、という2つの課題に取り組みます。領域では、細胞死のみならず、免疫、炎症、修復、再生を専門とする研究者と、オミックス解析や分子イメージングエキスパートを組織し、これら研究者間の有機的連携により研究領域全体の発展を目指していきます。また、公募研究として既存の枠にとらわれない意欲ある若手研究者の参加を期待しています。
本研究領域は、最初の構想から7年かかって採択となりました。その間、多くの方々にご協力•ご支援を頂きました。この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。これから5年間、新たな日本発の研究を発信できるよう努力する所存ですので、ご指導の程よろしくお願いいたします。